丁谷尋梅 一 |
樹樹香風逐歩深 樹樹の香風 歩 を逐ふて深し
斗逢生境好荒尋 斗ち生境に逢ふて好し荒尋するに
従前愧我称梅癖 従前 愧ず我梅癖と称するも
未識隣村有此林 未だ隣村に此林有るを識らず |
二 |
暗香狂我五十年 暗香 我を狂せしめて五十年
眼看梅林亦變遷 眼に看る梅林も亦変遷す
丁谷幾叢開満岸 丁谷の幾叢か開いて岸に満ち
鴨村千樹墾成田 鴨村の千樹 墾いて田と成す |
のちに秀作「丁谷餞子成卒賦」の舞台となる丁谷梅林は廉塾の南方、黄葉山を挟んでその南山麓、麓村、東西に伸びる谷間にある。
自称「梅癖」、梅に恋い焦がれて五十年の茶翁、刎頸の友、西山拙齋と尋ねた三原西野の梅林などに比べれば、直ぐ目と鼻先の名所、「この存在を識らなかったことを愧る」とは、「当時、茶山が編纂した『福山志料』にこの梅林を紹介しなかったことを口惜しがっている」とする郷土史家もいる。
鴨村大林寺(加茂町粟根)、栄谷(郷分町)の梅林は瞬きの間に消滅の運命を辿ったが、茶山の弟子鈴鹿秀満の「わけいれば袖もかをるなりよほろの谷の梅の中道」が道標の丁谷梅林だけは、幸いにも遺芳を慈しむ地元有志の献身で現在もなお往時の情景を年々歳々偲ばせてくれている。深甚の敬意を表したい。
元旦二首 一
馬歯今朝八十盈 馬歯 今朝 八十に盈つ
回頭志業一無成 頭を回せば志業一つとして成無し
蝋梅香裡東囱日 蝋梅 香裡 東囱の日
又見春來帯笑迎 又見る春來って笑を帯びて迎ふ
茶翁、生涯最期の元旦。八十歳の春、伏枕中、東窓から、希望を届ける梅に微笑みかけられながら新春を迎えている。
梅花七首 一 菅茶山
自愛孤根抱暗香 自ら愛す 孤根 暗香を抱くを
寧随百卉競時粧 寧ろ百卉に随いて時粧を競わんや
多年悪雨狂風裏 多年 悪雨 狂風の裏
獨立寒雲冷石傍 獨り立つ寒雲 冷石の傍
多くの詩歌は梅花の清らかさや得も言えぬ香に心を惹かれているが、この詩に至って初めて、その強靱な生き様「耐雪梅花麗」が注視されている。
詠 梅 賴山陽
一株臨水静龍蟠 一株水に臨んで静龍蟠まる
擬養孤芳傲歳寒 孤芳を養ひ歳寒に傲らんと擬す
自有松篁足相伴 自ら松篁の相伴ふに足る有り
休過墻去索人看 墻を過ぎ去って人看を索むるを休めよ
この詩は寛政五年、山陽14歳の作品。厳寒の候に霜雪を凌ぎ、敢えて水辺に臨み、ひとり芳香を漂わせ、人目を惹くような、さもしい態度をとることを慎んでいる。龍のように毅然とした佇まいを詠み、「癸丑歳偶作」に次いで自ら権門に媚びない確固たる信念として一生を貫いている。
「淡粧素服・風神超凡(玉蘊)風韵清秀(細香)」理想の妻と目しながら結ばれなかった二人の才女、玉蘊・細香の姿をも彷彿させる。
梅 五
逼観偏好臨流影 逼り観て偏へに好し流れに臨む影
遙望逾佳倚竹姿 遙かに望んで逾々佳し竹に倚る姿
一歳會心何日是 一歳の會心何れ日か是なる
野航微雪訪君時 野航の微雪君を訪ふの時
茶山が求める理想の梅の叙景か。茶山の詩風にも類似している。流れに臨み竹に凭れる梅に野を渡って来る微かな粉雪が掠めて行く。
茶山・山陽、一時代を画した師友の詩に相通ずる趣を感ずる。
昭和二十一年四月、至誠高等女学校を設立。初代校長に葛原しげるが就任した。
しげるは校章に「梅花」を選び、友人の清水良雄画伯にデザインを考案してもらっている。その考証に際し、古歌「難波津に 咲くやこの花 冬こもり 今を春辺と 咲くやこの花 此の力 人にあたりし 梅の花」を紹介、梅は竹と並んで「歳寒二雅」、「五清 梅、竹、松、蘭、芭蕉」の一として珍重されている と述べている。さらに、校歌については、終節に(日夕 諷詠 以て座右の銘となす)と付加している。
校 歌 葛原しげる作詩 小松耕輔作曲
第一節
よろづの花に 魁け咲きて
色香めでたき 白梅 紅そめ
雨を 風を 霜を 雪を
凌ぎたえて 強くはしく
しめすまことは 誠の使命
はたすと かさすは ほこりの印
梅について言えば、しげるは鈴鹿秀磨翁遺詠「梅のうた」(備南文化協会 昭和二十三年三月)を出版している。父二郎の遺志を継ぎ編集・出版した。祖父葛原勾当の日記によれば、天保九年(一八三七)四月九日、勾当(27歳)は秀満宅を訪ね、和歌の指導を受けている。師弟の縁で葛原家に収蔵されていた秀満の和歌を貴重な文化遺産として後世に伝えようとしたのであろう。茶山と勾当、直の接点はないが、「耐雪梅花麗」梅・秀満を通じて茶山と結ばれている。備後教育・文化に繋がる不思議な縁の糸に驚くばかりである。
このほど2016年度(平成28年度)菅茶山顕彰会会報第27号(20㌻)を発刊しました。「編集後記」に編集子の思いを凝縮していますので、紹介いたします。
◇平成28年度総括の漢字は「金」。音訓で清濁背反の話題を連想させます。さしずめ、黒田投手の座右銘「耐雪梅花麗」の下、全国怒濤のフアンを魅せたカープは超大キン星でしょう。+黒田投手は大リーグからのUターン劇でも、忘れかけていたおカネでは購えない大切な人の道を教えてくれました。舞い上がって、広島東洋カープ25年ぶりリーグ優勝を祝して、「梅」をキィーワードに、黒田、茶山、葛原しげるの梅に縁のある物語を満載しています。ただし、有名な白河藩主松平定信と茶山の深交にまつわる「一枝の梅物語」は県博HPに譲っています。
◇本号は帰国直前の蒋春紅先生(中国)に特別寄稿をいただきました。一衣帯水、日中共同掘削の井戸の呼び水になれば幸いです。+茶山文化・教育の淵源は中国、今こそ全世界へ向け、「学種」をシードバックすべき時代だと思います。
◇今、神辺では、公私ともに、茶山、御領発古代ロマン三絶、義民の郷、ニコピン先生など先人に学び未来に馳せる情報発信が盛んです。「茶山顕彰会ニュース」+「黄葉だより」として、本会報に織り込んでいる意義は「オールかんなべ」で故里創生の原動力に!の希い、そこにあります。
◇一人では無力です。各ボランティア団体がしっかり手を繋ぎ信・愛の縦・横糸で生き甲斐のある地方創生の織布を産み出すことを希ってやみません。+本会も、高齢化時代の荒波をまともに受けていますが、各種事業と同じように保幼小中高・大学生の参加や新入会員の加入に元気をもらっています。
本会はそんな願いを籠めた有志の集いです。この機会に一人でも多くのご入会とご支援ご協力を会員一同心待ちにしています。 |