黄葉だより 2019 菅茶山に関連した地域の情報・寄稿を掲載いたします。
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市民朗読劇「梅花の契り」上演

高橋孝一氏、十八番の草笛演奏で開幕
  

 平成最終年3月2日、神辺文化会館大ホールで朗読劇「梅花の契り」(作・演出藤井登美子)公演。

 会場ホワイエでは、2018年度(第26回)「茶山ポエム絵画展」最優秀作品9点・優秀作品6点に加えて
神辺美術協会新春展に出品された菅茶山詩画書(次の3点)が展示された。
  「夏の思い出」(山下英一画)、「所見」「蝶」(菅波由美子書)

 松岡宏道県議会議員等来賓8名、開場前から長蛇の列、当日券を求める来場者などを熱烈歓迎。 
14時、鵜野実行委員長あいさつ、来賓紹介。観客の大きな拍手に誘われ、お馴染み高橋孝一氏、草笛の開幕演奏。
市内朗読劇グループ「温故知新の会」(代表北川佳代子)&福山市立大演劇サークル(代表山下歌菜子)。主人公茶山役は藤岡詔雄さん。知名人・隣人・友人・顕彰会役員ら顔馴染みの登場に観客が微笑しながら巨星茶山八十年の生涯を追慕した。
(写真追加)

 江戸中後期、幕藩制度は貧しい民衆から教育を奪った。茶山はその不合理を糺すために「廉塾」を開設、備後の地に、やがては全国各地にも広がる「学種」を蒔きつづけた。

 巨星が置かれた三つの岐路。
①茶山19歳京都遊学後帰郷、人心の廃れた神辺宿を学種による世直しを指向、黄葉夕陽村舎開設。②茶山34歳、刎頸の友、西山拙齋と共に天明の大飢饉前後の幕藩政治批判から、藩儒として一人で
 なく天下のための天下を理想郷とする迂遠法への転換。
③茶山62歳、親友賴春水の嫡男、脱藩・廃嫡された山陽を廉塾都講として引き受けたものの我儘放題
 実質一年二カ月で脱去。三年間にわたる不和が続く中、やっと和解の時が訪れる。

*茶山77歳、茶山・山陽唱酬詩in丁谷梅林
「樹、静かならんと欲すれど風やまず。子、養わんと欲すれど親待たず。」これから先、先生から坏を受ける時があるだろうか。それを思うととても返杯しがたい。山陽は別れがたい気持ちを振り切って、静かに暮れなずむ梅林を後にした。

 胸キューン、万雷の拍手喝采の中菅茶山生誕270年祭全記念事業の幕も降ろされた。作 上泰二
 

梅花ほころび 春まぢか

菅茶山誕生日2月2日の開花状況
 

 菅茶山生誕270年記念行事も「朗読劇 梅花の契り」の開演を残すのみとなりました。
茶山の好きだった梅の開花状況を写真に残そうと、菅茶山誕生日の2月2日(土)に「神辺のゆかりの地」を訪ねました。

 「梅花の契り」の舞台でもあります丁(ようろ)谷梅園は、花色の見える樹はわずかで、春の気配が感じられる程度でした。しかし梅園には5分咲きの紅梅や2分咲きの白梅も2,3本あり、梅にも個性がありました。
廉塾近くの西福寺は茶山詩「西福寺梅」で有名ですが、寺の梅は蕾が膨らみ始めた枝が見える位で、茶山の楽しんだ観梅は当分先のようでした。
 
 朗読劇公演の3月2日には、いづれの梅も咲き競うことでしょう。   
(作 藤田卓三)

ご参考:「西福寺梅」詩碑リンク

 
     
 丁谷梅園入り口  丁谷梅園の紅梅  「西福寺梅」のつぼみ 
   

蠣﨑波響画「廉塾図」あれこれ

実物は函館市旧相馬邸に保存
 

 このところ蠣﨑波響画「廉塾図」(旧相馬邸蔵)に逢う機会が多くなっている。最近では、菅茶山生誕270年祭ご案内パンフレットにも登場した。
この実物は北海道以外では、広島県立歴史博物館が「黄葉夕陽村舎詩刊行200周年記念 平成24年度夏の企画展『7人の巨人たち』」(7月13日(金)~9月17日(月):実物は8月12日まで)で初公開された。
 その図録 附編pp50~51 には「蠣﨑波響画・岡本花亭賛「廉塾図」について~黄葉夕陽文庫所収の関連資料等との比較~」が論述されている。



蠣﨑波響画「廉塾図」(旧相馬邸蔵)

  これに関連する論考として 郷土歴史家 菅波哲郎氏著の『蠣崎波響画「黄葉夕陽村舎図」 の原図を描いたのは誰か』(山陽道神辺宿第51号PDF)が参考になる。

ともあれ、この「廉塾図」が縁で、平成30年3月29日、旧相馬邸家宰東出伸司・小林蠢繭両氏が「是非、本物の廉塾を見たい」との来訪となった。
その後も、鵜野会長との交流が続き、再訪を希望されているという。面白いのは、旧相馬邸では所謂「廉塾図」を「師茶山先生邸」と呼称していることである。 (
作 上泰二

関連資料 
黄葉だより「旧相馬邸ゆかりの旅人 廉塾訪問」  廉塾往問録