黄葉だより 2019 菅茶山に関連した地域の情報・寄稿を掲載いたします。
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 長寿を寿ぐ

国重文「菅茶山関係資料」第4回展示 
 

 4月11日~6月9日(4/14) 於 県博近世文化展示室

第1章 菅茶山―菅君詩を以て世に鳴る
・「茶山樵響」=「黄葉夕陽村舎詩」(寛政3年、改題。文化9年刊行)の草稿。多くの人によって繰り返された校正過程が窺える・
・「菅耻庵追悼詩画巻」茶山の末弟耻庵(寛政12年没)。文化7年、追悼の宴に参加した人々の作品を纏めている。
・「黄葉夕陽村舎詩」(前編)の附録としての漢詩集「耻庵詩集」を収録している。

第2章 廉塾~菅茶山の教育拠~
・茶山が賴春風に宛てた「郷塾取立てに関する書付」。開塾目的が社会体制の再建、「学種」が各地で花を咲かせることを目指している。

第3章 茶山の古稀を寿ぐ
・茶山の古稀を寿ぐため、贈られた谷文晁が描いた「太公望の図」、蠣﨑波響画「双鶴図」や全国各地の文人から寄せられた壽詩などを纏めた詩画巻など6点紹介。
特 集 茶山の長寿を寿ぐ
・「福山藩儒者等書画帖」。文政10年4月8日、傘寿を迎えた茶山の祝宴に集まった福山藩の儒者・藩士などの作品集。巻頭に「菅茶山肖像画」倉井雪舫画が掲載されている。お馴染みの「肖像画」岡本花亭賛と異なり、丸みを帯びた容貌と坐像に衰窮を窺わせる。
・殿様正寧 賜盃、謙徳院正精 賜杯、定信(楽翁)壽杯を贈られている。

コラム 長寿を寿ぐ和歌
・茶山70歳・80歳を祝う菅波武十郎本荘屋菅波7代)などが作品を贈っている。   
   
 菅君詩を以て世に鳴る

国重文「菅茶山関係資料」第3回展示 
 

 2月9日~4月7日(4/4) 於 県博近世文化展示室

第1章 菅茶山―菅君詩を以て世に鳴る
・『行案詩草』武元登々庵の漢詩文集。文化4年(1807)、廉塾に長期滞在、その間百島(現尾道市)へも。立身出世を望まない茶山の日常生活に惹かれ、家督を弟君立に譲る決意を固める。

第2章 廉塾~菅茶山の教育拠~
・廉塾書箱(木製) 集 漢詩文、史 中国の歴史書、経 儒教の経典類、子 朱子学関係、皇 日本文学関係に分類されている。
・菅茶山遺書 「後太平記」に「岩見国小屋瀬次郎が備後神辺で学問を行った」との記述を読み、茶山も「神辺に学問を根付かせたい。」と心に誓った。

第3章 茶山と白河藩~松平定信と家臣たち
・廉塾主茶山を中四国、九州地方のネットワークの拠点。定信が文化や学問を通して政治活動を行う場所との位置づけをしている。
・定信が茶山に贈った書「文武忠孝」や、定信編集「集古十種」の調査に、廉塾を訪れた大野文泉などの「西国名所図」などが贈られている。

第4章 茶山と白河藩~浴恩園の招宴~
 文化12年2月5日、江戸築地にあった松平定信の庭園「浴恩園」(寛政6年頃造園)へ招かれ、定信に漢詩を求められた。畳一畳分の「浴恩園図並詩歌巻」が壁面一杯に飾られていた。
特集 南湖と白河関
・定信が造園した五庭園の中、「南湖」(福島県白河市)は享和元年、定信が自国に「士民共楽」(身分を問わず誰もが楽しめる)の希いを籠めて造営した日本最初の庭園である。

コラム1 白河藩儒 廣瀬蒙齋
・「廉塾記」佐藤一斎・武元君立・廣瀬蒙齋共著。文化12年。廣瀬蒙齋だけが、茶山が紛失したため、文政4年に書き直している。

コラム2 白河藩士 田内月堂
・田内月堂から茶山あての書状。「定信の隠居に伴い月堂自身も浴恩園内「不崩岸」へ移居した。そこからの風景(星野文良画)を送るので漢詩を一首詠んでほしい と。
 
   
 初公開の菅家伝来資料が語る茶山の足跡

県博「春の展示」開催記念講演会
  
 
 4月19日から 広島県歴史博物館において、「廉塾に伝えられたタカラモノ」と題した春の展示が行われているが、その記念講演会が4月27日開催された。講師は、菅波哲郎氏(元広島県立歴史博物館副館長)で演題は上記タイトルの通り。講演概要は次のとおりです。

1 資料収集の要因と契機
・茶山は生涯、教育者、漢詩人、朱子学者として、神辺、遊学、旅行、福山藩などで、多様な儒者、絵師、僧侶、蘭学者、幕府・藩の高位高官、武士などと交流している。
・長寿で、古希、喜寿、傘寿の祝い、福山藩大目付格三十人扶持への昇進など慶事に恵まれている。

2 菅家資料保存と県博への寄贈
・曾て、著名な郷土史研究家濱本鶴濱は「菅家には茶山先生を顕彰すると同時に当時の文人墨客の消息を知るべき幾多の好資料があるのに、屋内や倉庫で黙々と居眠り状態にあることは遺憾の極みである。」と述べている。
公開を懇望する声に散佚を虞れ「私の代になって、廉塾資料は紙切れ一枚たりとも外へ出してない」と公言していた当家末裔菅好雄氏が、初めて応えたのが平成7年、県博への「黄葉夕陽村舎文庫」寄贈である。
県博学芸員のひたむきな調査研究整理によって、平成26年、その中、「菅茶山関係資料」(5369点)が「国特別重要文化財」に指定された。

3 今回の伝来資料は、平成28年、第2回目、菅家より器物類の寄贈を受け、調査研究整理を経て、その公開となったものである。
・「来歴が判る。」「箱書、漢詩、漢文、手紙、日記など文字による記録がある。」「規格寸法などが残されている。」などから、真贋が識別できる。

4 茶山、実家の什物
・菓子盆 蓋裏の文字資料「宝暦十弐年九月 弐拾人前 菅波扶好調之」から、実家最古品。

5 廉塾・黄葉夕陽村舎の什物と土産品
・うるみすいもの椀 塾の書付がある。数量が多い(五十人前)。文化十年。北条霞亭が都講時代。茶山の名が高まり、「塾生三十人ばかり」と多い。
・古盃 米澤藩侍医 平田道宣贈。上杉謙信伝との伝承
・ガラス製コップ 塾生 佐谷惠甫贈。現在のグラスと異なり鉛が入っていて透明感がない。

6 長寿を祝う什物
・風字研(硯) 白河藩士 田内月堂の古希のお祝い。
・壽盃 白河藩主松平定信から古希の祝いに賜る。田内月堂が取り次ぐ。

7 特に紹介したい資料
・ 孔夫子像 享和三年、江戸出府前年の正月、尾道の松田教之が永く塾に留めるようにと持参。
 
   
会報第29号発刊について

菅茶山生誕270年記念特集号 
 

  「平成」から「令和」への特需景気の中、会報第29号が誕生しました。
平成最後の30年度は菅茶山生誕270年祝祭年、福山市神辺文化会館・菅茶山記念館を初め、地域社会の皆様、顕彰会会員の皆様の力強いご支援ご協力をいただき、成功裡に全記念事業を終えることができました。この紙面をお借りして衷心より厚く御礼申し上げます。
 

 さて、本会報は先ず5年毎に執り行われるこの記念事業総括、次いで、新たな顔ぶれの学校法人福山大学鈴木省三理事長、東京八王寺市在住の塚本照美氏などのご寄稿、本会の年間活動報告「顕彰会だより」、神辺宿を彩る歴史文化行事など取材した「黄葉だより」の順で、記事を満載しております。ご高覧の上、今後とも宜しくご指導とご協力を賜りますようお願い申しあげます。

 なお、昨年度、このホームページ「菅茶山新報」(代表 藤田卓三)がリニューアルオープンしました。書籍版が限定出版の関係上、入手できない場合は、どうぞスマホからも可能なこのHPにお立ち寄りいただきますように。
 また、素人の手作り故、諸所、お気づきの点がございましたら、よりよい『菅茶山全書』を創るため、ご遠慮なくinfo@chazan.clickでご指摘いただきますようお願い申し上げます。
  
   表紙画像  kaihou29.pdf へのリンク  

市民朗読劇「梅花の契り」上演

高橋孝一氏、十八番の草笛演奏で開幕
  

 平成最終年3月2日、神辺文化会館大ホールで朗読劇「梅花の契り」(作・演出藤井登美子)公演。

 会場ホワイエでは、2018年度(第26回)「茶山ポエム絵画展」最優秀作品9点・優秀作品6点に加えて
神辺美術協会新春展に出品された菅茶山詩画書(次の3点)が展示された。
  「夏の思い出」(山下英一画)、「所見」「蝶」(菅波由美子書)

 松岡宏道県議会議員等来賓8名、開場前から長蛇の列、当日券を求める来場者などを熱烈歓迎。 
14時、鵜野実行委員長あいさつ、来賓紹介。観客の大きな拍手に誘われ、お馴染み高橋孝一氏、草笛の開幕演奏。
市内朗読劇グループ「温故知新の会」(代表北川佳代子)&福山市立大演劇サークル(代表山下歌菜子)。主人公茶山役は藤岡詔雄さん。知名人・隣人・友人・顕彰会役員ら顔馴染みの登場に観客が微笑しながら巨星茶山八十年の生涯を追慕した。

 江戸中後期、幕藩制度は貧しい民衆から教育を奪った。茶山はその不合理を糺すために「廉塾」を開設、備後の地に、やがては全国各地にも広がる「学種」を蒔きつづけた。

 巨星が置かれた三つの岐路。
①茶山19歳京都遊学後帰郷、人心の廃れた神辺宿を学種による世直しを指向、黄葉夕陽村舎開設。②茶山34歳、刎頸の友、西山拙齋と共に天明の大飢饉前後の幕藩政治批判から、藩儒として一人で
 なく天下のための天下を理想郷とする迂遠法への転換。
③茶山62歳、親友賴春水の嫡男、脱藩・廃嫡された山陽を廉塾都講として引き受けたものの我儘放題
 実質一年二カ月で脱去。三年間にわたる不和が続く中、やっと和解の時が訪れる。

*茶山77歳、茶山・山陽唱酬詩in丁谷梅林
「樹、静かならんと欲すれど風やまず。子、養わんと欲すれど親待たず。」これから先、先生から坏を受ける時があるだろうか。それを思うととても返杯しがたい。山陽は別れがたい気持ちを振り切って、静かに暮れなずむ梅林を後にした。

 胸キューン、万雷の拍手喝采の中菅茶山生誕270年祭全記念事業の幕も降ろされた。作 上泰二
 
          フィナーレ
     

梅花ほころび 春まぢか

菅茶山誕生日2月2日の開花状況
 

 菅茶山生誕270年記念行事も「朗読劇 梅花の契り」の開演を残すのみとなりました。
茶山の好きだった梅の開花状況を写真に残そうと、菅茶山誕生日の2月2日(土)に「神辺のゆかりの地」を訪ねました。

 「梅花の契り」の舞台でもあります丁(ようろ)谷梅園は、花色の見える樹はわずかで、春の気配が感じられる程度でした。しかし梅園には5分咲きの紅梅や2分咲きの白梅も2,3本あり、梅にも個性がありました。
廉塾近くの西福寺は茶山詩「西福寺梅」で有名ですが、寺の梅は蕾が膨らみ始めた枝が見える位で、茶山の楽しんだ観梅は当分先のようでした。
 
 朗読劇公演の3月2日には、いづれの梅も咲き競うことでしょう。   (作 藤田卓三)

ご参考:「西福寺梅」詩碑リンク

 
     
 丁谷梅園入り口  丁谷梅園の紅梅  「西福寺梅」のつぼみ 
   

蠣﨑波響画「廉塾図」あれこれ

実物は函館市旧相馬邸に保存
 

 このところ蠣﨑波響画「廉塾図」(旧相馬邸蔵)に逢う機会が多くなっている。最近では、菅茶山生誕270年祭ご案内パンフレットにも登場した。
この実物は北海道以外では、広島県立歴史博物館が「黄葉夕陽村舎詩刊行200周年記念 平成24年度夏の企画展『7人の巨人たち』」(7月13日(金)~9月17日(月):実物は8月12日まで)で初公開された。
 その図録 附編pp50~51 には「蠣﨑波響画・岡本花亭賛「廉塾図」について~黄葉夕陽文庫所収の関連資料等との比較~」が論述されている。


蠣﨑波響画「廉塾図」(旧相馬邸蔵)

  これに関連する論考として 郷土歴史家 菅波哲郎氏著の『蠣崎波響画「黄葉夕陽村舎図」 の原図を描いたのは誰か』(山陽道神辺宿第51号PDF)が参考になる。

ともあれ、この「廉塾図」が縁で、平成30年3月29日、旧相馬邸家宰東出伸司・小林蠢繭両氏が「是非、本物の廉塾を見たい」との来訪となった。
その後も、鵜野会長との交流が続き、再訪を希望されているという。面白いのは、旧相馬邸では所謂「廉塾図」を「師茶山先生邸」と呼称していることである。 (作 上泰二)

関連資料 黄葉だより「旧相馬邸ゆかりの旅人 廉塾訪問」  廉塾往問録